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6. 魚竜類の潜水行動

ある種の魚竜類(とくにオフタルモサウルス)がかなり深くまで潜水していたのではないかと考えられる理由が幾つか有ります。

これらの理由を説明する前に一つだけ述べておきたいことが有ります。それは、深く潜水する行動様式は決して例外的なものではないということです。空気呼吸をする脊椎動物で深く潜水するものはたくさんいます(下図)。空気呼吸をする海生脊椎動物は何グループか有りますが、例外無く深く潜る種類を含んでいます(特に大型種がそうであることが多いようです)。 ですから、魚竜類の一部が深く潜っていたとしてもそれはむしろ当たり前のことで、とくにめちゃくちゃな推論をしている訳ではないのです。

理由その1:視覚

眼の章で説明したとおり、サカナ型魚竜類の一部はかなり小さい眼の開放F値を持っていました。つまり、彼らはネコのように光の少ない環境に適応していたことになります(ネコは本来夜行性で、かなりの暗闇でも物を見ることが出来ます)。 仮にネコを潜水艦に入れて明かりを全て消し、潜水を開始したとします。計算によると、ネコはほとんどの大洋において少なくとも水深500メートルまで獲物を眼で捕らえることができるという結果が出ます(一部の海は他の海より澄んでいるので、一般に大洋はその済み具合によって5つにランクされています)。

オフタルモサウルスの眼の開放F値は、ネコの眼のそれとほぼ同じでした。しかし、オフタルモサウルスの方が眼球が何倍も大きく、その分多くの視細胞を含んでいたと思われるので、おそらくよりすぐれた視覚を持っていたのではないかと考えられます。だとすれば、深海で物を見る能力において、オフタルモサウルスはネコに劣ることはなかったと考えてよさそうです。

結論として、眼に関するデータは、少なくとも一部の魚竜類は深く潜水していたという仮説を支持します。

理由その2:体重と潜水時間

空気呼吸で潜水する脊椎動物では、平均すると体重が重い種ほど長く潜水することができることが知られています(下図)。爬虫類は例外的で、新陳代謝が低い分酸素の消費を押さえられるため、同じ体重の哺乳類や鳥類と比べると長く潜っていることが出来ます。下のグラフを使って、哺乳類や鳥類が平均的にどれくらい潜っていられるかを体重からおおまかに推定することが出来ます。それと同じ方法で、魚竜類が少なくともどれだけ潜っていることが出来たかもおおまかに計算できます。これは魚竜類が哺乳類や鳥類のような高い新陳代謝率をもっていたと仮定しての計算になりますが、もし新陳代謝率が爬虫類のように低かったなら推定値より更に長く潜れることになる訳で、問題はありません。

そうした計算によると、体長4メートルのオフタルモサウルスは少なくとも20分ほどは潜水していられたであろうという結果が出ます。オフタルモサウルスの巡航速度は毎秒約2.5メートルと推定されていますが、もし仮に毎秒1メートルだったとしても、20分あれば水深600メートルに達してから海面まで戻ってくることが出来ます。

脊椎骨の章で説明したように、サカナ型の魚竜類はトカゲ型の初期魚竜類に比べて太くて体幹をしていました。これによって体が頑丈になっただけでなく、体重も増えることになったのです。単純な計算によると、サカナ型魚竜類は同体長のトカゲ型魚竜類より約6倍も体重が重かったことになります。 既に述べたように、体重が多きければそれだけ長く潜っていることができますし、遊泳の章で述べたように、体が頑丈ならその分効率よく泳ぐことが出来ます。サカナ型魚竜類はこの両方の恩恵を受けていたことになります。

結論として、現生の動物における体重と潜水時間の相関関係は、ある種の魚竜類が深く潜水していたという仮説を支持します。

理由その3:骨の組織学

陸生脊椎動物の長骨には骨質が緻密に詰まった鞘状の部分が有りますが、この緻密層が骨の構造的な強度を高め、陸上で体重を支えることに貢献しています。海生脊椎動物では浮力が体重支持の手助けしてくれますから、長骨の緻密層は違った意味合いを持ってきます。大きな肺をもった種では緻密層がより厚くなり、肺がもたらす多大な浮力に対する重りの役割を果たすことが多いようです。一方深く潜る種では肺は一般に大きくなく、深度が増すにつれてぺしゃんこにつぶれてしまうようになっています。この場合緻密層はスポンジ状になることでその重量を減らし、肺からの浮力不足を補っていることが多いのです。こういったスポンジ状の緻密層は、現生の脊椎動物ではクジラ類や深潜水性の鰭脚類やカメ類に特有です。フランスの研究グループがこういった緻密層がサカナ型の魚竜類にも存在していたことをつきとめましたから、これらの魚竜類も深く潜っていたと思われます。

理由その4:イカ食

イカ食は現生の深く潜る空気呼吸の脊椎動物によく見られる食性です。食性の章で述べたように、サカナ型魚竜類の多くはイカ食でしたから、それらの少なくとも一部は深く潜ってえさを取っていたのではないかと考えられます。中洋層のイカ類やその他の動物は一般に動きが遅いことで知られています。上洋層の活発な捕食者が中洋層まで達する事が出来れば、魅力的な食資源が彼らを待っている訳です。

海洋の生物は光の量に大きく左右された生活を送っています。たとえば、DSLと呼ばれる生物群集層が、一定レベルの光を追うようにして、毎日海中を上下していることは良く知られていることです。この層は昼間の間は水深300から500メートルといったところに有りますが、夜には上昇し、海面に達することも有ります。こんな具合ですから、ペンギンなどの潜水性の捕食者も、光の量に応じて潜水深度を変えることが知られています。魚竜類はクジラのように聴覚がすぐれておらず、ペンギンのように視覚に頼っていたはずですから、同じように潜水深度を変えていた可能性が有ります。

おかしな反対意見

魚竜類の一部が深く潜っていたという仮説に、おかしな反論が試みられているのを耳にしました。特に取り合うほどのものでもないでしょうが、一応その一部をリストアップしておきます。

魚竜類は潜水性ではなく夜行性だったのではないか--まったく可能性が無いとは言いませんが、大変こじつけがましい推論だといわざるを得ません。大洋で白昼堂々と眠ることは自殺行為ですし、よほど新陳代謝率が低くない限りおぼれてしまうでしょう。イカ食の項でも述べたように、魚竜類はクジラ類のように1日中行動し、光の量によって潜水深度を変えていたと考える方が自然です。

オフタルモサウルスの化石は大陸棚上の堆積物から発見されるので、オフタルモサウルスは潜水できなかった--化石の堆積環境はそのとおりですが、議論は理に適っていません。クジラ類の化石も大陸棚性の地層から出ることがほとんどですが、では彼らも潜水しなかったというのでしょうか。そういった深く潜る空気呼吸の脊椎動物の多くは大陸棚上にもよく入ってくるというだけのことです。大陸斜面以深で堆積したことがきちんと実証されている地層は陸上にはほとんど有りません。

きょう膜輪が有るからといって、深く潜ったとは限らない--これが今まで聞いた中で最も的外れで、私のお気に入りです。まったくその通りなのですが、だれもきょう膜輪が有ることを理由に潜水の議論などしていないので、反論になっていません。きょう膜輪の機能については眼の章を見てください。

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Last updated on November 15, 2000